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能とロスコの作品は似ている。

 

西洋美術の歴史のなかでも、偉大な作家として名を残しているマーク・ロスコ

 

対して、650年以上の歴史がある日本の伝統芸能・能。

 

一見すると共通点が見当たらない気がする2つの芸術。

ですがどちらも、かなり濃厚に《死者》の気配がするという意味で似通っているのです。

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わたしは能を生で観たら十中八九、泣きます。
そしてロスコの作品の前では、ものすごく胸が締め付けられて苦しくなる。

 

能の世界の主人公は、波乱の時代のなかで無念の死を遂げた人々の霊たちである。

 

そしてロスコの作品の中には、第二次世界大戦で亡くなっていった人々への思いが詰まっている。

 

だからどちらにも、ものすごく苦しくて悲しい気持ちが漂っている。

ものすごく抽象度が高い作品で、その精神性は深くて、重い。

 

「わたしは殺したくて人を殺したわけではない!」
「わたしだって死にたくて死んだわけではない!」

 

そんな思いのなかで、生者と死者は紙一重のところで別々の世界へ行く。

 

だけど、
別々の世界へ行ってもなお、気持ちの面で人を殺めたこと・大切な人を失ったことの折り合いをつけるのはとてつもなく大変なことだ。

 

そんな苦しい思いを抱えている人がたくさんいるから、
能という限りなく《供養の儀式》に近い芸術が生まれ、600年以上の歴史を超えて育てられてきた。

 

そしてロスコも。

 

そんな苦しい思いをたくさん抱える人の存在を知っていたから、
《祈り》にほど近い作品を作ったのだろうなと。

 

困難な時代に生まれる芸術は、本当に胸をつく切実さがある。

 

そしてわたしのなかでは、
現在進行形のこの21世紀は、能やロスコの作品が本当の意味で理解される余地のある切実な時代だとも思う。

 

(能を一緒に鑑賞してみたいっていう方がいたら、ぜひ一緒に行きたいです。

能とアートの親善大使みたいな?そんな役目を担いたい。)