読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

続・世界史とわたしと美容の仕事

(前回の記事はこちら↓)

そのような考えの上ではじめた美容の仕事。

日々の仕事のなかでわたしがもっとも大切にしているのは、《人をただ外見的に美しくするのではなく、美を通して自尊心を手に入れてもらえるように誘導すること》だ。
自尊心を育むのに、「わたしの体は美しい」と思ってもらえるよう導くのはとても大切なことである。

そして、わたしのお客さんたちには他力本願ではなく、自分の力で「美」を手に入れられる人になってほしい。いつもその気持ちを胸に、わたしなりに真剣に関わっているつもりだ。

一年の間に顔を合わせる客人は500人くらいだろうか人?

まだまだ起業して二年と少しだが、一年、二年と長く通ってくださる人もいる。まったく幸福なことであり、純粋に感謝の気持ちでいっぱいだ。


そんなわたしの美容サロンには裏のテーマがある。
それは、『亡き人を想い慈しみ続ける空間』として機能させること。
広告を一切うたないで経営しているからか、来るべき人はかなり明確な意思でわたしの元に引き寄せられる。

初対面ですぐに、
『ガンで母を亡くしてから摂食障害になり、ずっと苦しい思いをしている。』
と打ち明けてくださる人がいたり。

コツコツと通ってくださっていたお客さんがある日、
『何年も闘病していた父が先週なくなったんです。』
と、涙を流しながら打ち明けてくださったりもした。

最近もらった嬉しい言葉に、
『いままで人生に対してこんなに不安を感じたことはなかったのに、なぜか最近とても怖くて仕方ないんです。だけど、ここに来ると心が洗われて、また頑張ろうと思えるんです。わたしはいま、荒川さんにいなくなられたら困ります。』
というものもあったりする。

わたしは、ここで涙を流したり辛い気持ちを打ち明けてくれる人たちにどれだけ救われていることか!

だからこそ思う。

画家のように絵を描いて感情の整理がつけられる人間はいい。しかし、そういった手段を持たない人はどうやって悲しみや苦しみと向き合っているんだろう?すごく苦しいまま、どうにもならずに生きているんじゃないか。

そう考えたとき、
『自分は絵を描く人間だけど、やっぱり言葉ってないがしろにできないものなんだな。』
と思った。

それから、わたしはひたすら自分の感情を言葉で明確に表すことに注力して仕事を進めてきた。
自分の傷を癒すためにやっているように見えることは、回り回って、すべては目の前にいる人たちのためになっていると信じて。

いや、そう言うと少し語弊があるか。

『自分のためにやっていることは、常に他者のためにやっていることと硬く結びついている。』

と言ったほうが正確だ。

このスタンスを徹底していけばいくほど、《わたし》と《わたし以外の人》の間には、肉体という物理的な隔たり以外はなにも存在しないのではないかと思えてくるから不思議だった。

-

(そうだ、いまわたしの言葉のまえにいる、あなた。
わたしとあなたの間にも、そのような感覚に陥る『何か』が必ずあるはずだ。
もっと端的に言えば、あなたとわたしの明確な違いなんて、本当は何一つないのでは?ということである。)

-
わたしはこの仕事を自分自身で生み出してから、深く広い意味で人を想い、愛するということを学んだ。


かつては、歴史と経済を学べば学ぶほど、自分の手の内にある紙幣が血にまみれているように思えてならなかった。
だが、お客さんから手渡しでいただく一万円札をこの手で受け取るたび、わたしのその感覚は薄れていった。少なくとも、目の前にいる人から受け取った一万円札には、愛が宿されていると感じられるようになったから。

「世界中に出回っている金の全てに、愛が溢れていたらどんなに素晴らしいだろう…。」

こんな子供じみた壮大な理想に、頭がクラクラしてしまう。

それでも、理想を追いかけることを止めてはならない。
せめてわたしの周りの世界、わたしの仕事に関わってくれる人たちとの世界でだけでも、この願いを必ず叶える。

たとえどんなに時間がかかったとしても、必ず叶えるとここに誓う。

そして、わたしは今日も目の前にいる人を美しくするために奮闘している。

肉体を持って生きているあいだは、精一杯《この体》を使って世界を遊び尽くしたい。
肉体が他者との隔たりとなり、傷つけ傷つけられる出来事は絶えず訪れ、心を蝕んでいくだろう。

それでも、美しき器を与えられて生まれてきた感動さえあれば、わたしたちは生きていける。

(みんな、当たり前すぎて口には出さないみたいだけど、どうせこんな世の中クソだって思ってんだろ??
わたしの父親なんて、ただ病気で死んだんならまだよかった。いい人ではあったんだけど、死んだ後にすごい額の借金があったのが分かった時はホントにどうしようもない奴だと思ったね。
それで、やっと父親のことにカタがついたと思ったら、今度は定期的に大切な人たちが病気や事故や自殺で死んでくんだ。
ホントにクソとしか言いようがないけど、もうこんなもんだと思うしかないだろう。

ああそうだ。私の大好きなトム・ヨークの名言にこんなのがある。

『生きることは好きだ。でも、向き合わなきゃいけないクソみたいなことがありすぎる。』

要するに、いつどこに生まれ落ちたって人生とはそういうもんなんだ。)

わたしはこの、クソであるからこそ素晴らしい人生を共に味わい尽くしたいから、自分の全てを喜んで天命に託そうと思う。
そのために、あらゆる絶望たちと親友になって、仲良く手をつなぎ生き続けなければならない。

しんどいのはしょうがないけれど、それ自体は苦しみでも悲しみでもなんでもない。
むしろ、喜びなんだ。

真実を追い求めるなかで垣間見える一瞬の光は、きっとこの上なく美しいに違いないだろうから。