美しい夢の世界と、その子どもたち。

 

夢のなかで死んだ人と会うときは、いつも同じ場所で会うんだ。

 

部屋がたくさんある日本家屋で、いつも夜で、誰かいないのかな?と思いながらたくさんの扉を開けて行く。

するとやがて、縁側に行きつく。

目の前にな小さな日本庭園があり、池の中では真っ青な鯉が2匹、円を描くように泳いでいるの。

 

それはそれはもう、宝石のように美しい藍をまとった鯉で、どこか現実離れしている。(それはそうか、これは私が作り出した夢の世界なのだから。)

 

その鯉たちはどこまでも規則的な円を描き続ける。まるで二人で一つだとても言い出しそうなくらい、一定の距離を保ちながら。

 

ぼうっとその円を眺めていると、死んだ人が話しかけてくれるんだ…。

わたしはいつも、その瞬間をひたすら待って生きている。

 

--------------

 

わたしは10年以上前から、現実以上に印象深い夢をたくさん観る。

 

一番多いのは巨大な川の夢。

 

気がつくとわたしは大きな橋の上で川を眺めている。時間は夜で暗闇なんだけど、空にはものすごい数の星があるから宝石箱のように美しい。

 

「すごい!こんなに美しい景色が観られるなんて。きっとこんな機会はもうないだろう。だからわたしはここで死ぬんだ。」

 

という、突拍子もない決断をしようとする。

 

だけど、ここでいつも、ふと、現実の世界のことを思い出すのです。

明日会わなければならない人の顔が浮かぶと、いまにも川に飛び込みそうな体が思いとどまる。

 

「そうだ、せめて明日の約束だけは果たしてから死のう。この川へは何度も何度も来てる。きっとまた来ることができるだろうから、なに、死を焦る必要はない。いつだって死ねる。」

 

そう思った瞬間に、いつも目が醒めるのです。

 

-----------

 

こんな夢ばかり見てきたからでしょうか、わたしの中では、「美しい世界に行くには命を差し出さねばならない」という変な先入観がある。

 

それも仕方ないことなんです。夢の中では自分の想像を絶する美しい景色があって、普段生きている現実世界は到底それに及ばないので。

 

わたしは毎日、

「ああ、なんでこんなに現実は美しくないのかなあ。なんてつまらないんだろう。

今日もまた、眠れば美しい夢が観れるのかしら…。」

と、まあ、ずいぶんとふわふわした理想郷を思い描きながら生きている。

 

なかなか現実に失望して生きてきたけれど、それでも、夢と現実を繋ぐ架け橋は存在していて。

 

そう、それが芸術であり、具体的には、わたしが描いた絵だったり、買ったコレクションだったりする。

 

わたしがコレクションする絵たちは、すべて今まで見てきた夢と忘れたくない現実の景色に関係してて…。

 

f:id:arakawayuriko:20161104101359j:image

 

これは、いわずもがな、美しい星空の下で川へ向けて投身自殺しようとするわたしの夢。

 

f:id:arakawayuriko:20161104101500j:image

 

これは、冒頭に出てきた日本家屋にいる鯉のイメージ。

ぐるぐる水が循環しているのを見ていると、夢の中で鯉を目で追ってるときの感覚にフィットするものがあった。

 

f:id:arakawayuriko:20161104101617j:image

 

これは、2011年の2月に、宮城県へ雪を見に行ったときの思い出が乗っている。

ある日、何の計画もなしに、「そうだ!宮城県へ雪を見にいこう!」と思った。

 

そして、新幹線で仙台へ。太陽が出ているのに、パウダースノーが降り注ぐ景色はそれはもう天国のようだった。

東京にはベチャベチャした雪しか降らないから、ほんとにほんとに、天国のように見えたのです。

そして、仙台市内から電車に乗って、海岸へ。

船に乗って、海を一周した。

海に降り注ぐ雪も、美しくて涙が出そうだった…。

 

そしてその一ヶ月後、その海岸には津波がやってきて、わたしが見てきたすべての美しいものをさらっていってしまったのです。

 

思い立って一人で向かったこの旅は、わたしの心の中で永遠に輝き続けると思う。

 

まだ、津波で誰も死んでいなかった2011年2月。

まだ、放射能に汚されていなかった大地に降り注ぐ、美しい雪の白さ。

 

目を瞑ればすべて思い出せる。

もう二度と戻らない景色だと知っているから、ずっと忘れない。

 

-------------

 

f:id:arakawayuriko:20161104102329j:image

 

わたしの人生で最も幸せだったときは?と聞かれれば、間違いなく、2009年の春だと答えます。

 

夢のなかでしか味わったことのない美しさと、それを見たときの幸福感。

それを、現実の世界で感じることができたのです。それが2009年・春。

 

だけど、その美しい景色は一瞬で失われてしまった。その年の夏には、すべて無くなってしまったから…。

 

2009年の春。

 

わたしの中では、永遠の春。

そして、あの春の日に、またいつか出会えると信じて生きる。

 

「ねえ、2009年の春よ。

あなたは未来でわたしを待ってくれていますか?

わたしはあと何年生きれば、あなたに会うことができるのでしょうか?」

 

…わたしの心の底からの希望は、人ではなく、あの日の景色とまた出会えることなのです。

 

(うん、なんて薄情なのだろう。)

 

---------------

 

わたしはいつも、夢の世界を現実に手繰りよせることばかり考えている。それはそれは、本当に必死。

 

「生きる努力を続け、お金をかけて、どうか夢の世界をこの手の内に!」

 

それが、わたしが生きるただ一つの理由。

(もしかしたら、こんなに頑張らなくても死んでしまえば一瞬ですべて手に入るかもしれないのにね。

 

それでも、いくらか現実の世界に存在させてしまった夢の断片を置いてはいけないから。

 

夢の世界と現実の世界のギャップに何度も心を殺され、それでも、現実に存在する夢の世界の子どもたちに生かされる。

 

それがわたしの、等身大の生きかただ。)

 

---------

 

(最近よく夢で観るのは、白馬の神馬なのです。

神々しいくらい美しい、真っ白な神馬に乗って、誰がわたしの元に来てくれるのだろう?

それとも、この白馬に乗って、わたしが誰かの元へ向かうのでしょうか。

 

ただの夢なのに、なんだかワクワクして仕方ないね。)