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『孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく。林の中の象のように。』

今日は、サロンで化粧の仕事。

色を扱う仕事なので、服の色は白か黒と決まっている。それ以外の色を着てしまうと、お客さんの顔に色が反射して、良い仕事ができなくなってしまうから。

 

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わたしが化粧の仕事で一番よく着るのは、この、100年前の男物のシャツだ。

 

この服は本当に素晴らしい。

現代と違って、化学繊維が発明される前だから天然繊維100%。そして繊維自体の質もよく、どんなに引っ張っても破れそうな気配はない。

「これだけ丈夫で心地よい服なら、どんなにハードな仕事にもついてきてくれるだろう。」という安心感。

 

着ているものへの信頼感があるかないかで、仕事の質も大きく変わる。わたしはそのことをよく知っているので、仕事着に妥協はしない。

 

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(和服で仕事をすることも多いのだけど、和服はハードな仕事には不向き。

その変わり、集中力をぐっと高めたいときには素晴らしい効果を発揮してく

れる。体全体が引き締まり、精神まで洗練される気がするのは、洋服にはない利点だと思う。)

 

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わたしが古い服に魅力を感じるのは、そこに「流行の美」ではなく「機能美」を感じるからだ 。

 

現代における流行というのは、経済をうまく回すために仕立て上げられた幻想の美でしかない。そこには、人を幸せにする思想が必ずしも宿っているわけじゃないから、わたしは流行に一切興味がない。

 

それに引きかえ機能美は、いつの時代にも通用する普遍的なもの。

 

美しさとは、うわべの問題ではないのです。

 

その内側の込められた、「何かを成し遂げたい」という、人間の切実な想い。

その想いに機能を与えていく、地道で大変な作業。それを乗り越えていかなければ「美」を獲得することかどできないんじゃないか?

 

それは、なにも服だけに限ったことではない。

家をつくるとか、街をつくるでもそうだし、化粧をするでも、絵を描くでも同じこと。

 

『何を表現するために、創るのか?』

 

この、創造にまつわる根本的な部分…。

そこが抜け落ちてしまっている悲しき生産物が、現代には溢れすぎてる気がして。

 

街を歩いていても、デパートに行っても、美容のサービスを受けても、どこか物悲しい。

 

表面だけを取り繕って、それを「美」と謳っているような仕事はうんざりだ。

 

そんなもの、見たくも触りたくもない。

 

わたしの生活の中には、機能美を究極まで感じられるものだけが存在していればいい。そうでなければ、生きてる心地がしないから。

 

そう、そしてわたしの店の存在だって、そうでなければいけない。

 

表面的に、一時的に女性を美しくするだけなら、誰だってできる。

 

でも、わたしがしたい仕事は、女性を恒久的に美しくすること。

個人のなかに、唯一無二の機能美を見出し、それを育てる手助けをすること。

 

そんな仕事ができないなら、やっている意味がないんだよ。

 

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わたしのように、流行に全く興味のない美容家というのは、大変孤独なものです。

 

わたしの価値観を理解してついてきてくれるお客さんは、当たり前だけど、決して多くはない。

 

いつもいつも、商売として続けていけるかいけないか…のギリギリラインを測りながら、なんとか理想を紡いでいく。

 

そう、わたしはつまらない仕事だけはしたくないのだ。

 

そして、わたし自身も、うわべだけのつまらない女にだけは成り下りたくない。

 

かわいいとか、かっこいいとか、女性らしいとか、男らしいとか。

 

簡単に括られる容姿や、生き方。

そこに美しさが生まれるとは到底思えないから。

 

お気に入りの100年前のシャツだって、わたしが着るとぶかぶかで、決して可愛くもかっこよくもないんだよ。

 

だけど、着ているわたし自身は、このシャツがいかに機能的に優れているか知っている。

だから、可愛いとか、かっこいいとか、そんなことはどうでもいいんだ。

 

そして、こんな生き方を突き詰めた結果、どんな未来が待っているか…それも分かってるつもり。

 

簡単に括らないから、ほとんど人には嫌煙される。

「何がしたいのかよくわからない」と言われ、疎外される。

 

そう、孤独なんだ、美しくなるっていうのは。

 

お客さんたちとも、友人とも、日々出会い、日々別れる。

 

どんなにわたしが相手のことを好きでも、相手にとってわたしは「よくわかんないやつ」で、一緒にいて落ち着かない。そんなことはざら。

 

だから、離れていく。

 

だけどそれでも、わたしはわたしの理想とする美しさを諦められない。

 

美しくなるというのは、孤独だ。

 

だけどそれでも、一瞬一瞬の時間を切り取れば、わたしの隣にいてくれる人がいた。

 わたしのことを、強く愛してくれる人もいた。

 

だから、わたしは一瞬一瞬を積み上げて生きる。たとえどんなに別れのスピードが加速しても、後ろは振り向かないで、その先にある美しさを目指して生きるんだ。

 

そうだ、そんな日々を繰り返していると、ふと、ブッダの有名な言葉が頭をよぎったよ。

 

 

『孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく。林の中の象のように。』

 

孤独になる準備なら、わたしはいつだってできているよ。

 

さあ、孤独と美よ、いつでもおいで。

わたしはいつでも、あなたたちを歓迎して待っているからね。