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10年遅れの反抗期と『子による父殺し』のプロセス 前編

 わたしはいま、27年生きて来た中で最大の反抗期を迎えている。

反抗の相手は、わたしの夫。

そしてもう一つの相手は、この日本社会そのものに対して。

 

一般的な反抗期は、思春期である13〜18歳ごろに訪れるのが普通とされている。しかし、わたしはこの時期に正当な反抗期を経験していない。14歳から17歳になる直前まで、わたしたち一家は父親の末期ガンという重苦しく深刻な問題を共有しなければならなかったからだ。

 

わたしの中で、父はとにかく可哀想な男だった。

 

家族とコミュニケーションをとるのが下手で、些細なことで母と喧嘩をしてはよく自室に籠もっていた。そしてその部屋からは、テレビを見ながら一人で笑い転げる父の声が虚しく響いてくる。これは、わたしの中で最も強く残っている父のイメージの一つだ。

 

わたしはどんなときでも大人しい子供だったが、父がガンになってから一度だけ反抗心を露わにしたことがある。

文房具用のカッターで手首をじりじりと切ったのだ。このカッターの切れ味が悪かったものだから、傷口は妙に幅の広いものになってしまった。だけど、その傷の開き方の割には血が出なかったように思う。

 

血が流れるわたしの腕を見せたとき、すでに末期ガンと宣告されていた父は何も言わずに自室に帰っていった。

彼には本当に可哀想なことをしたと思う。父は母と違って、自傷した娘を抱きしめることもできなければ、かといって叱りとばすことも話し合いに持ち込むこともできない。そんな人間的な強さなど父には備わっていないのだと、わたしはこの時はっきりと自覚したのだ。

 

 

『エディプスコンプレックス』という、ジグムント・フロイトによる精神分析の用語をご存知だろうか。

 

息子による父殺しという比喩を持って紹介されることが多いこの精神分析は、男児が社内化される過程で大人なっていく際、最も身近な社会規範である父親を乗り越えて一人前になっていくさまを表している。

だが女児の場合は少し話が違う。女児は成長するにつれ、最も身近な異性である父親を愛するようになるという。(通説で、女は自分の父親に似た男を伴侶とするというが、これはエディプスコンプレックスから引用したものなのだろうか?)

 

しかしわたしの父はどうだろう?わたしの血が滲んだ腕に向き合えない男を、わたしは『最も身近な社会規範で、愛を向ける対象』と捉えることができなかった。一家の主である父親はもっと強い存在であるべきだと思っていたし、わたしがたとえ男児であったら、乗り越えるべき障壁として父を設定することはなかっただろう。

 

よく、「この戦後日本社会そのものがアメリカにより去勢された未成熟な男児である」という説を耳にする。わたしの父は戦後10年ほどで産まれたわけだから、彼こそ去勢された日本そのものを反映された一人なのかもしれない。

 

ならば、わたしはなおさらかくも弱い彼との関係を無視することはできない。彼から目をそらすということは、この国で生きるのを放棄するのと同義であると感じる。

どんなに父が『理想とする社会規範』から程遠い者であっても、すでに故人であるとしても、わたしは向き合わなければならない。

 

そうしなければ、わたしは永遠にこの反抗期から抜け出すことができないのだ。

 

(後編に続く)

 

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(今回は、思うところがあって手書きで文章を書いてからスマホで打ち込んでみました。いままでと少し文体が違うとしたら、手書きによる変化だと思います。

言葉をもっと自分自身の心身に近いものにしたくて、最近は手書きを生活のなかに取り戻そうとしているところです。)