水の揺らぎにまつわる思い出

 

午後から風が強くなってきた。

総武線沿いを歩きながら家に帰る途中、外堀の水の揺らぎをぼうっと眺めた。穏やかでない激しい波打ち。曇天だけれど水はキラキラと輝いている。

 

水はいつでも宝石のように美しくて羨ましい。

 

外堀の水を眺めながら、川沿いで暮らしていた学生時代を思った。19歳、20歳のときは利根川、その後22歳くらいまでは隅田川のほとりに住んで、よく一人で川を眺めていた。

 

大学2年生のとき、朝から夕方までずっと空と川の絵を描いていた。全然うまくいかなかったけど、ただ美しい水の揺らぎをみていられるだけで幸せだと思った。

 

「神様、こんなに美しいひと時をくださってありがとうございます。わたしはとても幸せです。」

 

震災が起きたのはわたしが大学3年生になる直前の3月だった。あんなに美しいと感じていた水が、たくさんの人の命を奪っていった。

 

わたしは亡くなった人たちのことを知らなかったが、ボランティアで行った石巻市の人々の笑顔を見たときに、人が(おおぜい)死ぬことの重大さと圧倒的すぎる悲しみを感じずにはいられなかった。

 

わたしは彼らの笑顔を思い出すたびに泣いてしまう。(泣くことができない彼らのために、自分が代わりに泣こうとでも思っているんだろうか?)

 

尊敬していた先生と、高校生のときからお世話になっていた先輩が湖に落ちたのは震災からたった20日後のことだった。

 

まだ3月の湖、どんなに冷たかったろうと思う。先生と先輩と、震災で亡くなった人たちが感じたであろう刺すような水の冷たさを想う。

 

そして先生のことを心から慕っていた、大切な人の涙を想う。ずっとずっと泣きながらも、役目を最後まで全うしたその人の優しさを思うたび、2つの眼からぽろぽろと涙が伝う。

 

美しい海に飲まれた大切な友人を想う。

夏の暑い中、一人で海に入るのはどんな気持ちだったのだろう。ほんの一握りでも、その気持ちを理解できたら幸せになれるのにと想像する。だけどそれは決して叶うことのない儚い願いだと、とっくの昔に理解していた。

 

夢を想う。父さんが死んでから何度も繰り返し見る、美しい川の夢を。

あの場所にいくとわたしはいつも自分に問いかける。『なぜわたしは美しいもののために死なない?なぜ生きているんだ?』って。

 

この世界でわたしを必要としてくれるひとのおかげで、わたしは目覚めることができる。

それでも、わたしが彼らにしてあげられることなんて何1つないのではと感じ、天を見上げてぼうっとする。

 

「わたしを信頼して一緒にいてくれたのに、何もしてあげられなくてごめんなさい。」

 

死んだ人と待ち合わせる家を想う。小さな庭の一角で、完璧な速度で泳いでいる真っ青な2匹の鯉の描く軌跡を眺める。

 

父さんが死んだ夜に言ってくれた言葉を想う。

 

「おまえはいつも水を得た魚のように自由でいなさい。」

 

だからわたしはこの青い鯉のように、規則正しく美しく生きようと決めた。(それならば、もう1匹の鯉は誰なんだ?)

 

今日は風が吹き荒れて、穏やかな水面を激しく揺らしている。

 

本当は、どんなに穏やかにみえても、決して全く同じように揺らいでいる水面なんてないのだ。何事もなく過ぎていく一日なんて存在しないように、水にまつわるわたしの人生もまた、凡庸な日など一切存在していない。

 

 

輝く水面を眺めながら、いまはもういない人達のことを想っていた。

 

もっと一緒にいられるだろうと、自分を甘やかしていたことが恥ずかしくなる。本当に大切で、愛していたのなら、共にいられたその一瞬をもっと美しいものにするべきだった。

 

 

「今日が最後かもしれかいから、あなたの顔をちゃんと覚えていたい…」

 

 

願いが叶うなら、どうか美しい瑠璃色の鯉が泳ぐあの家で待ち合わせしましょう。

 

凡庸な日など一日もないこの人生の合間に、どうか、他愛もない話をさせてください。