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芸術家と売春

 

唐突な話だが、わたしは芸大に通っていた20歳〜22歳くらいまでの間に、援助交際で体を売っていた。

 

学生時代、絵に対する情熱は人一倍持っていたと思う。だが大学入学と同時に一人暮らしを始めたわたしは、生活能力がない上に貧乏だった。


正確には、アルバイトをしていたので生活費を稼ぐことはできていた。だがプラスαで制作のためのお金を稼ぐのが大変だった。それくらい、何かを創造するにはお金がかかるということだ。(いま思えば、お金がないのなら親に頭を下げてもらえばよかったのだろう。でも頻繁に頭を下げることが、とにかく嫌だった。)

 

電気が止まりガスが止まり、暗い家の冷たいシャワーを浴びていたときの惨めな気分はよく覚えている。

 

そんな生活のなかでも絵を描くことをやめたくなくて、結果売春をすることにしたのがはじまり。

「絵が描けないくらいなら死んだほうがまし」と、本気で思っていた。(ちなみに、いまでも絵が描けないくらいなら死んだほうがましだと思っている。)

 

売春というとネガティブなイメージがつきまとうが、やってみると意外とそうでもない。

 

わたしを買ってくれた男たちはみないい人だった。なぜなら誰に買われるか、選ぶのはわたし自身だったから。店に属したことは一度もなく、客は自分の力で探していた。

 

なぜそんなことができたのかというと、わたしは中学生から高校生のころ通学で渋谷を通っており、売春することがいかに簡単かよく知っていたからだ。

 

渋谷は今でこそ綺麗だが、わたしが小・中・高校生だったころは治安が激悪でしかも駅は臭くて汚いという、本当にゴミ溜めのような土地だった。

 

電車を乗り換えるだけでブルセラの勧誘に連日あい、朝の満員電車のなかでは何度も痴漢にあい、センター街のファストフード店で勉強していようものなら援助交際のスカウトがくる。

 

信じられないことだが、援助交際の玄人は女の子に渡すための名刺まで作って配っている。

 

いまでも忘れない、一人ロッテリアで勉強をしていたら、中年の真面目そうな男性が急に名刺を差し出してきた。

そして顔をあげると、大真面目に

「今夜どう?」

と言ってくる。

「何をですか?」

としらばっくれてみたら、

「セックス。」

と、その他大勢の客にもハッキリと聞こえるくらい大きな声で、悪びれる様子もなく言い放つのだ。

 

そんなこんなで、わたしの少女時代は痴漢と露出狂とブルセラ援助交際の勧誘と常に隣り合わせのものだった。

その中でも、小学生のころが最も多く性犯罪にあった。電車の中で体を触られるのは日常茶飯事。ひどい時は住宅街で若い男に捕まり、人目のつかないところに連れていかれさんざん下半身を触られた。

 

いまでこそどいつもこいつもムカつくと腹をたてることができるが、当時は幼い少女ばかり狙って罪を犯す男たちの心境を想像するという、あさってな方向の努力をしていた。

 

体を触られながら男の顔をじっと見つめるのだが、彼らはどこか怯えているような顔をしていた。自分が犯罪を行なっている真っ最中に、なぜこんな怯えた顔をする?

まだ10歳にも満たないわたしの心に、その後もずっと残る疑問が生まれた瞬間だった。(もしかしたら、彼らはわたしが怯えるでもなく、泣くもなく、ただ無表情でじっとしているのが恐ろしかったのかもしれないが。)

 

そんなこんなで、一方的に性的搾取をされてきた少女時代が終わり、わたしは自分の意思で体を売るようになる。売春はいいなあと思った。なぜなら無理矢理されることじゃないから。

 

わたしと相手の男との間に合意があり、金銭のやりとりがあり、万が一約束に反することをされれば「嫌だ」と言う資格がある。幼少期のあってきた性犯罪には、嫌だという権利など微塵もなく淡々と進むだけ。売春したお金で絵を描きながら、自分が意思のある人間としてちゃんと存在できていることを心から喜んだ。

 

お金がないながら絵を描き続けてきたわたしは、22歳で結婚した。結婚はいいなと思った。何よりもフカフカしたベッドと暖かいシャワーがある。よほどのことがなければここでずっと暮らしてていいんだという安心感は、生まれて初めて感じるものだった。

 

24歳の時に息子が生まれた。産まれたのが男の子でラッキーだと思った。自分より年長の女性たちはこぞって「最初の子が長男でよかったわね」「後継ぎが産まれたの?大したものねえ」と、現代では不適切ととられそうな褒め言葉をたくさんかけてくれた。

 

「そうか、男子を生むというのは家制度に染まって暮らしてきた人にとって1つのステイタスなのか。」

 

それと同時に、女に産まれた自分はなんだったんだろうと思った。

 

「わたしは3人兄弟の末っ子だったから良かったの?もしも最初の子だったらがっかりされていたの?女の子ってそんなに価値がないの?」

 

そんなモヤモヤを抱えつつも、母親になったことでやっと社会から認められたような満足感もあった。

まだ結婚しないの?とか、子供は作らないの?とか、そんな無神経なことを質問されない人生を歩めていることは間違いなく幸せだ。

余計なことを言われる前に手を打っておく。そして黙らせる。わたしはいつもそれを意識しながら生きてきたんだ。

 

売春しながら勉強して、結婚して、子供を産んで、自分で仕事を起こして、わたしは27歳になった。

この歳になってやっと、自分のしたいことをやって生きることを許されたような気がしている。

 

わたしが売春をズルズル続けないで済んだのは、「お金のためだけにやっている」と目的を定めていたからだ。必要なぶんだけ稼げばやめる。それ以上は求めない。いま絵が描けるぶんだけお金がもらえれば良い。とにかくお金に目がくらまなないよう注意していた。

 

昔も今も、水商売や売春をしながら勉強をしている女性はたくさんいる。

そういった仕事をする女性のなかには、いくらお金が貯まってもやめられない人も多い。仕事が手段ではなく、目的にすり替わってしまった女性たちだ。

 

わたしはお金で誰とも知らぬ男たちに抱かれてきたが、それで傷ついたことはない。そもそもわたしを見下すような人間とは付き合わないと決めていたし、お金をもらっていても嫌なことは嫌だとハッキリ主張し続けてきた。

 

体は売っても、人間の尊厳だけは売りはしない。わたしは何人に抱かれたって、決して魂は汚れないと本気で思っているんだ。(過酷な状況に追い込まれたときは、とにかく良い思い込みを続けることが大切。最も重要な生きる知恵。)

 

水商売や売春を辞められなくて苦しんでいる人は、身近なところにもたくさんいる。

その人たちの顔が浮かぶからこそあえて言いたいのは、自分自身を傷つけながらやっているならその仕事から距離をとるべきだということ、それだけだ。

 

忘れてはいけないのは、自分の人生を支配できるのは自分自身ただ一人だけだということ。

 

わたしはわたしの世界の女王であり王でもある。売春している真っ最中だって、わたしはわたしの人生の王だった。主導権を他人に渡してしまったら、本当に死んでしまう。

 

これは売春に限ったことではなく、この世のどんな仕事にも通ずる。

毎日パワハラやセクハラをされながら働くエリート会社員だって同じ。自分の人生を自分で舵取りできなくさせるような働き方は、絶対にしちゃいけない。

 

余談だが、わたしには売春をしながら成り上がった芸術家でとても尊敬している人がいる。 その人は能を確立した偉人、世阿弥だ。

 

世阿弥能楽師の家に生まれ、才能と容姿に恵まれた非の打ち所がない美少年であった。

その才能と容姿を時の権力者、足利義満に買われ、彼のお気に入りの稚児として愛された。

要するに、いまわたしが能を楽しめるのは世阿弥が義満に体を売ってくらたからこそなのだ。

 

現代は、恋愛至上主義に性愛も絡め取られてしまった。それはピュアで大変美しい価値観だとは思うが、売春を穢らわしいものとして避難するきっかけになってしまっていることがわたしは悲しい。

 

世阿弥が義満に抱かれることで能を発展させていったように、身体は〝何か〟を成し遂げるための道具に過ぎない。

 

それは身体を軽視しているのとは違う。ものを作ったことのある人なら分かるだろうが、道具というのはとてつもなく重要なもの。ただ、それは目的が明確なときに初めて輝き出すのであって、道具単体では何の価値もないのだ。

 

そう、成し遂げたいことがあってはじめた仕事なのに、その仕事自体に心を喰われてしまうなんて悲しいじゃないか。

 

体を売っても売らなくても、そんなことはどうでもいい。人生で成し遂げたいことがあるなら、その目的を見据えて強くあってほしい。わたしの願いはただそれだけだ。